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とるにたらない日々            *写真および文章の無断転載はご遠慮ください*
2019/09
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時差があるので、今日このタイトルで書くのはためらわれたのですが、Twitterでみなさんが『15年前のこの日に何をしていたか』と綴っていらっしゃるので、私も便乗して。

ちなみにあの日の記憶を、このようなオープンな場所で話すのは初めてのことです。

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遅く起きた15年前の3月20日の朝。
生後3ヵ月の娘をひざに抱いてTVをつけると、ニュースの時間帯でもないのに映し出されたのは、騒然とした都内のライブ映像だった。

とっさに脳裏を横切ったのは、産後の傷も癒えない1月に起きた阪神大震災。
あの時目にした横倒しの高速道路と同じ位の衝撃だった。
なぜなら、緊急車両と倒れた人々でごったがえす、ヘリコプターから撮影してると思われるその街並みに馴染みがあったから。

「何? デモとか、なんかそういうの? 皇室がらみ?政治がらみ?」

瞬間そう思ったのは、昭和天皇崩御の前後の内堀通りの物々しい風景を覚えてたから。
でも、全身を防護服で包んだレスキュー隊や、地下鉄出口の歩道から車道まで溢れたスーツ姿で苦しむ人たちを見て、ただ事じゃない何かが起きていることに気づいた。


その映像は、日比谷線築地駅付近のものだった。
封鎖されていたのは、私がバイク通勤で使っていた新大橋通りの交差点。




高校時代に始めた、茅場町の編集プロダクションのバイトを皮切りに、フリーランスで雑誌編集にかかわるあれこれを生業にしていた私。
当時も日比谷線八丁堀にある出版社の某編集部をメインに、同社他誌の仕事を月数日、後楽園にある別の出版社の仕事を月数日というペースで請け負っていたので、日比谷線、丸ノ内線は無関係の場所ではなかった。

背中に冷たい汗が流れた。
膝の上の赤ん坊はおとなしい子で、布団の中で授乳したので満足げに眠っている。




20日だった。
毎月1日発売の月刊誌をメインに仕事していたので、締め切りはたいがい18日か19日。
通常ならその頃、泊まり込みでレイアウトと入稿をして、数時間睡眠ののち、夕方出勤で板橋の印刷会社で出張校正をしている。
けれどその日の私は、産後間もないこともあって、自分の原稿を1週間ほど前に宅急便で送った後は、家でのんびりさせてもらっていた。

長年馴染みの編集部の人たちはきっと、出張校正のために夕方から印刷所へ直行のはず。
ならば誰も社内にはいない。
けれど、毎月デザイン校正だけを請け負っていた同社の別の編集部は10日発売のため、締め切り前の忙しい時期。
そのことを思い出したら、お世話になってる方々の顔が浮かんで気が気じゃない。
出足の遅い出版社のこと、ゴゴイチと呼ばれる、レギュラーのメンツが集まり始める午後1時の少し前に電話をしてみた。


電話に出たのは、締め切り前で泊まり込みの若手編集スタッフくん。

「ゆうです」

「ああ、ゆうさん。こんな時期にどうしたんですか? あっちの編集部で出張校正の時期じゃないんすか?」

「みんな、大丈夫?無事?」

「なんか電車止まってるみたいっすね。うちんとこはみんな午後出なんで影響ないと思いますけど。たぶん、どこの編集部もこんなに早く出勤する人はいないから、大丈夫なんじゃないっすか?」

それを聞いてひと安心。




次に思い出したのは兄の勤務先。

当時中野に住んでいたSEの兄は、時期によって勤務地が変わっていたのだった。
私が出産でバタバタしていたため、ゆっくり話をする機会はなかったけど、その年はちょうど、日比谷線の築地で仕事していたことを思い出した。
しかも、定期的に泊まり込みの日もあるので、出勤時刻も不規則。
心配になって兄の家に電話すると義姉が出て、

「今日は昼からお客さんと打ち合わせがあるから直行で楽だ、って言ってさっき出かけたから大丈夫」

と。
普段のように朝イチからの出勤ならば、あの時間帯の丸ノ内線に乗っていたはずだった。


あの頃は携帯電話もインターネットも一般的ではなかったから、自分と関わりのある人たちの安否がわかるまで、心拍数がおさまらなかった。
TVでニュースを見ていただろう母は、私も兄も仕事先が日比谷線沿線だったから、寿命の縮む思いで心配していたことだろう。
夕方近くになって江戸川区在住の母に電話をし、私と兄の無事を伝えた時の母は、安心した次の瞬間、誰にともなく激怒してたっけ。



地下鉄サリン事件の前年6月には、松本で毒ガスによって多数の死者が出る事件があった。
そして1月には阪神大震災。

日頃はほとんどTVを見ない私が、第1子の妊娠出産というイレギュラーな状況で、珍しくTVという窓から外を眺めて、あれやこれやと考えてた時期だった。
ずっと気になっていた坂本弁護士一家失踪事件(赤ちゃんのいる家庭だったから、なんとなく人ごとに思えなかった)、松本サリン事件、河野氏冤罪(これも事件だと思う。しかもマスコミによるもの)、上九一色の強制捜査……。


こんなにも大勢の人を巻き込んで、死に至らしめ、洗脳という形でたくさんの人たちの一度きりの人生を潰してしまった罪人から、ムカつきながらも目を離せずに今日まできた。
裁判が長引けば税金の無駄遣いに思えて、なおさら腹が立ったものだ。




あれから15年。
娘は15歳になった。

もちろん彼女は15年前の事件のことは、タイトルぐらいしか知らないし、興味もないようだった。

しかし、去年あたりだったか。
ネットで何を見つけたのか突然、
「ママ、アサハラショーコーって誰?何した人?サリンて何?」
と聞かれた。

説明が難しかったが、2001年夏に7歳で渡米した彼女は、9-11直後の厳戒態勢のこともよく覚えていたため、
「つまりは、テロリストなんでしょ」
と、ひとことでくくった。



ああ、そうなんだ。
宗教家とかなんとかってまわりくどい説明をするまでもなく、あれはテロリストが起こした無差別大量虐殺にほかならない。




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name : ゆう

住所:イリノイ州シカゴ郊外
2001年8月カリフォルニア州オレンジカウンティに渡米

2010年7月現住所に転居
出身:東京の下町
年齢:高1と高3の子供がいるようなお年頃
職業:主婦+大学生(休学中)

専攻:
Irvine Valley Collegeの
Computer Information Management; Desktop Publishingで
AS Degree(理系準学士)を修得&卒業。
現在はHarper Collegeの
Computer Information Systems; Web Developmentで
Certificateコースを休学中。

好き:
本、書店巡り、読書、筒井康隆、島田荘司、
綾辻行人、伊坂幸太郎、有川浩、文章書き、
洋裁、Mac、サイト作り、ジャズ、ビール、
DTP、ウェッブデザイン、電子書籍、
バーボン、アドベンチャー&ノベル系ゲーム、
スキー、車&オートバイの運転、カメラ

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英語、人種差別、Gで始まる黒いアイツ

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