M署管轄内の山中で火事があり、父が焼死したそうな。
それを聞いて私、思わず
「え?お父さん? 生きてたの? 何、火事になったって、ホームレスみたいな暮らしだったわけ??」
と訊いてしまった。
私の両親は、私が16歳、兄が19歳の時に離婚している。
私と兄の戸籍上の親権は父が取ったが、
「おまえなんかいらない」
と言われ、養育者は母となった。
それ以来私は、一人暮らししていた2〜3年を除いてずっと、結婚するまで母と2人で暮らしてきた。
(兄は離婚前から一人暮らし)
で、私が最後に父に会ったのは今から30年近く前、20歳の時だった。
それ以来、私も兄も電話すらしたことがなかった。
約20年前に私が結婚した際、戸籍を見ても父の住所は離婚前に住んでいた家のまま。
最後に会った時ですら、T県U市のマンションに住んでいて、嘘か本当かその部屋は買ったと言っていた。
なのに戸籍や住民票がそのままになってるということは、税金や国保、運転免許などはどうしてるのだろう。
ひょっとしてもう生きてはいないんじゃないのか……
なんてことを母や兄と話していたのが、もう20年も前のことだ。
結婚後3年ほどたって第一子が生まれ、そういえば隣りの市に父方の叔母が住んでいることを思い出した。
子供が生まれたことがただただ嬉しかった私は、十数年ぶりに叔母に電話し、叔母もすぐに会いに来てくれた。
しかし、叔母は私のアパートに着くなり、
「お父さんの連絡先教えて」
と。
なんでも父が兄弟たちに百万単位で借金したまま、何年も行方不明なのだとか。
私が
「父の連絡先は私も兄も知らない。もう10年ぐらい連絡取ってない」
と言ってもなかなか信じてもらえず、最後は不機嫌になって叔母は帰っていった。
それから今日まで、父の噂を聞くことは一度もなかった。
そんなこともあって、父はとっくに死んだものと思っていた。
海釣りが大好きで、仕事もせずに海に出かけてた人なので(2級船舶の免許も持っている)、正直なところ、「身元不明の水死体かなぁ」なんてことまで思っていたんだ。
「……いや、山の中なんだけど、小さな小屋を家賃1万円で借りて一人で住んでたんだって」
と兄。
電話しながら県警サイトをチェックしたら……ありました。
火災の小さな記事。
焼死者1名。
名前なし。
住所を見てピンときた。
そこらへんは、私が独身時代にときどきオートバイで走りに行っていた林道のある山だ。
「そこってめっちゃ山じゃん」
「うん、なんかね、昔きのこ採りに来て気に入ってそのまま住んじゃったんだって」
……ああ、間違いないわ。
黒こげになってても、それ、父だわ。
その山、東に下るとすぐに海なんだよ。
磯もあるし堤防もある。
小さい頃、よく父に連れて行かれた海。
そして釣りの帰りには、しばしば山できのこや山菜採ってきたっけ。
警察署から電話をもらってすぐに、兄は現地に赴き、火葬に立ち会って骨を拾ってきたそうだ。
DNA確認ということで、口内の粘膜採られて帰宅。
(「念のため妹さんのDNAも」と言われたそうだが、海外在住ということで断わってくれた)
ほぼ間違いなく父と思われる遺骨は、現在はM警察署が保管してくれている。
DNA結果で本人と断定された場合、兄が遺骨を引き取るか否かということになる。
もしも兄が引き取りを拒否した場合、無縁仏として供養されるのだそうだ。
それを聞いたら、さすがに可哀想で泣けてきた。
結婚しても親になっても好き勝手に生きて、親権とったくせに養育費は一銭もよこさず、離婚の際に処分した家や土地などの財産も全部一人で持っていって、そのお金でマンションやクルーザーを買ったと自慢していた父。
両親が離婚し、自営業だった母が店を失ってからは母娘二人で本当に本当にお金に苦労して、私は進学をあきらめたというのに。
だから私は20歳を最後に会っていない。
……そうだ、思い出した。
最後に会った時、私は仕事で車の免許が必要になり、教習所費用を援助してもらえないかと頼みに行って断わられたんだった。
……若い頃はどれだけ呪ったかわからない人だったけど、火事で焼死だなんて全然父らしくない!
どうせなら、とことん好き勝手やって、離島に骨を埋めるとか、太平洋のど真ん中で転覆して死ぬとかしてほしかった。
家賃1万円の山の中のほったて小屋で、木工品や竹細工作って売りながら年金暮らしの果てに、ひとりぼっちで身元不明の焼死体になるなんて、らしくないよ!
(年金払ってたことも驚きだが)
……今気づいたんだが、私にとっての“お父さん”はこのダメオヤジしかいないんだよなぁ。
母の再婚相手は、あくまでも“おじいちゃん”。
とてもいい人で、亡くなった今でも大好きなんだけど、私のお父さんではない。
無縁仏にはしたくないし、かといって兄もまだ墓は持っていないので、宮城の父の実家のお墓に入れてもらえるように、まずは父の兄弟たちの連絡先探しからです。